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ストレスで病気になった話。湿疹編

体は丈夫なほうだし、心は鈍感だと思うのに、ストレスで湿疹や難聴になったので、記録しておきたい。

白いぬりかべの家の窓。おしゃれなデザインの鉄格子にトランペットの飾りがついている。


  

仲間はずれの13歳

わたしの小学校卒業に合わせるようにして、家族で新居に移った。

 

これが本当に良くなかった。転校生なら、みんなが興味を持ち、受け入れようとしてくれる。おとなしくて目立たないわたしは、知らない町の知らない子どもたちと一緒に知らない中学校に入学して、異邦人になった。

 

親の意向で部活にも入らず、クラスにもなじまないまま、学校と家の往復をするだけの毎日。それでも、最初に仲良くなった女子が人気者だったので、その子のぱしりをしながら平穏に暮らしていた。

 

夏休み直前のある日、いつものようにその子やその取り巻きとお弁当を食べようとして、自分の席がないことに気づいた。その日からお弁当はひとりで食べるようになった。

 

いじめられたわけではなく、ただ仲間はずれにされただけ。鈍感なのか、学校に行きたくない、とか、特別つらかったわけではなかった。

 

夏休みが終わる前から、全身に湿疹がでた。体から顔にもひろがった。かゆくて、掻いてしまい、化膿して黄色い膿みが出て本当に醜かった。手足にもぐるぐる巻きに包帯を巻いて生活していた。

 

中学2年にクラス替えがあり、仲間はずれにした女子と別のクラスになり、良い友だちができて、湿疹は徐々に治まった。

 

高校に入り、ときどき湿疹が出た。定期的に皮膚科に通い、ステロイドの入った塗薬をもらっていた。大学進学のため、地元を離れてひとり暮らしをはじめたとたん湿疹は、治まった。

 

今おもえば、関係が悪かった親と離れたことが良かった。

 

同僚に悩まされた32歳

 

結婚後に、しばらくスイスの金融系の会社で働いていた。その会社には、ふたりの窓際族 (死語かな?) がいた。ひとりはバブルがはじけた後で、社用車がなくなって仕事がなくなった運転手。もうひとりは、時代おくれになったテレックスオペレーター。

 

ともに50代後半のふたりは、温情で解雇されず、オフィスの隅で一日タバコを吸いながら、郵便処理など雑用をしていた。アシスタント業務担当のわたしは、ふたりが休暇のときにその業務をカバーすることがあった。運転手とはマンションが近くて、通勤時間に会うことも多かった。

 

ある時、急に全身に湿疹が出た。近所の皮膚科の塗り薬が全く効果がなく、苦しんでいたら、友人が良い皮膚科がいると紹介してくれた。その皮膚科に「湿疹はストレスで発症します。」と言われてはじめて、中学の時の湿疹も、今回の湿疹もストレスが原因だとわかった。

 

新しい皮膚科に処方してもらった錠剤と塗り薬で湿疹が治まったころ、妊娠して退職した。

 

ふたりは、会社のグチや不平不満をわたしによくこぼしていた。先輩面してわたしの仕事にも口出しするふたりの圧がストレスになっていたらしい。

 

まとめ

 

中学のときは、ストレスという言葉さえ知らなかった。湿疹は皮膚の病気と思っていた。友人や親との関係に問題があったときも、会社の同僚に悩まされていたときも、ストレスという意識はなかった。

 

ちょっと嫌だなとは感じていたけれど、学校や会社に行きたくないとも思っていなかった。グチを言ったり、ひとに相談するタイプではない。意識しないままストレスがたまって、湿疹という形で出たということだろう。

 

スイスでかかった皮膚科医が、親身に話を聞いてくれたことには本当に感謝している。あれから、湿疹がでたことはない。

 

ストレスがなくなったり、解消できるようになったかというと、そうではない。40代、50代で今度は難聴になってしまう。その話はまた後日。